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2007年11月

妊娠8ヶ月 今度は切迫早産

やっと8ヶ月まできた、双子の妊娠回顧録。

それまでの回顧録は左のカテゴリ「双子妊娠回顧録」をご覧くださいませ。

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2005年5月末、出産に備えて実家に里帰りした私は、さっそくその週末に地元友人たちと晩御飯を食べる約束をした。

幹事の友人が小さなレストランを予約してくれた。

家庭的な雰囲気のお店で、味はモチのロン!
中でも私の一番の楽しみはコースの最後に出てくるデザートプレートだ。

ケーキ、シャーベット、フルーツ、プリン・・・大きなお皿に色とりどりのスイーツが盛られていて、どれも本当に美味、美味。
あ~~幸せ、とつぶやきたくなる。

その楽しみにしていたディナーの日は、午前中に妊婦検診に行くことになっていた。
実家に帰ってから初めての検診だ。
出産することになるであろうこの病院は、とても古~い県立病院だ。
私が5歳のときに盲腸で入院したときと変わっていない低い天井、売店、食堂。
当時の記憶が蘇る。

この病院の産婦人科の医師は2人。
1人は50代半ばくらいのおじいちゃん先生。
もう1人は40代半ばくらいのメガネ先生。
この日はおじいちゃん先生が検診担当だった。

名前を呼ばれ、内診台に上がる。
内診台も古いヤツなので、大きなお腹をかかえて「よっこらしょ」と自分でよじ上らねばならない。それまで通っていた長野の病院の内診台は自動で動いてくれたのに・・・。

じゃあ診ますねー

おじいちゃん先生が言った直後、激痛が走った。

痛ッ!!!

思わず声をあげてしまった。
だって本当に痛かったんだもん。今までこんな痛みはなかった。

ああ、ごめんねー、痛かったかなー

おじいちゃん先生はひょうひょうと内診を続ける。

そして、

んー?あれ?・・・

と不穏につぶやいた。

その後はエコー。
モニター画面を見ながら説明を受ける。

子宮の出口(入口?)が薄くなっていて、いつ陣痛が始まってもおかしくない状態だということ。
つまり、切迫早産。
即日入院である。

検診即日入院は切迫流産で経験済みなので、今さらあわてることはない。
いつ入院してもいいように入院グッズはボストンバッグに入れて用意してあった。
母に連絡してそれを持ってきてもらうだけだ。

その後お腹の張り具合をモニタリングする。
子宮の収縮(お腹の張り)と子供の心音が記録される。

子供の心音は問題なし。

お腹の張りは看護師さんが「さざ波」と表現していた。
そのときはよく意味が分からなかったが、わずかだが定期的に子宮が収縮し始めていたらしい。

モニターが終わると、病室に通された。
6人部屋で、私以外の皆、出産を終えた人たちだった。
赤ちゃんにおっぱいをあげている人、家族がお見舞いに来ている人、
とても和やかな光景だった。

だが、そんな光景の中で私一人が確実に浮いていた。
急に悲しく、怖くなった。

早産して子供に何かあったらどうしよう
不妊治療は私のエゴだったのか
子供たちに申し訳ない・・・

そんなことがぐるぐると頭を駆け巡って涙が出てきた。

どうにもいたたまれなくなって、ベッド横のカーテンをしっかりと閉めた。

・・・続く。

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ドタバタウエディング

地元友人・Cちゃんのアーバンウエディングから早2週間。

結婚式自体はとっても素晴らしかった!
・・・でもその裏で私はいろんなドタバタに見舞われていたのだ。
今回はそんなドタバタ劇を少々。


当日、朝5時に起きた私は、いつものように寝室のストーブに火をつけた。
そして台所に移動し、5分後また寝室に戻ったところ・・・



寝室が黒い煙に覆われている!!!

ひえええええーーーーーーっ!!!Σ(@ロ@lll)



なんてこった!ストーブの不完全燃焼だった!
慌ててストーブの火を消し、換気扇をつけ、窓という窓を開けて空気を入れ替えた。
11月下旬の長野、朝5時から窓を全開にしている家なんてウチくらいだろう。
寒い、寒い、だが煙を早く出さなきゃ。

ツインズはそんなことお構いなしに寝ている。
とりあえずツインズが無事で良かったが、寝起きで頭がボーっとしていたとはいえ、しでかしたことの恐ろしさに肝を冷やした。

20分ほど換気したところで旦那が2階から下りてきた。
煙も匂いもおさまっていたので旦那には気づかれずに済んだ。ホッ。


興奮冷めやらぬ(?)まま、6時頃家を出て、特急あずさに乗った。
指定席を取っていたので自分の座席を探す。

5のD、5のD・・・あった!

Dは窓際の席だ。
隣のCには礼服を着たおっさんが座っていた。
そして通路を挟んだA、Bにも礼服を着たおっさんが。
つまり3人お仲間なのだ。
白いネクタイを締めていたので、結婚式なのだろう。
だが朝6時過ぎにも関わらずおっさん3人の顔は紅潮し、既に出来上がっていた。
私の隣のCのおっさんはテーブルで柿をむいて食っていた。
なぜ柿?柿の種ならまだ分かる。

思わずため息が出た。
東京までの3時間、このおっさん達に囲まれて過ごすなんて・・・。
とりあえず「スミマセン、その席なんですけど・・・」とCのおっさんに声を掛けた。
「あ、ああ・・・」おっさんは柿を片付けようとしたが、皿がないので少しあたふたしたしていた。
それを見たら一気にゲンナリしてしまい、「やっぱりいいです」と私は別の空いている席に座った。
ほどなく車掌さんがやってきたので、別の席に移りたいと申し出たのだが、あいにく指定席はいっぱいで席を移ることはできないと。しかも私が今座っている席も次の駅からお客さんが乗ってきますよと。
くっそ~っ!

仕方なく自由席に移動した。
わざわざ指定を買ったのに自由席に座ることになるとは!!
でも長時間あのおっさんズに囲まれているよりは全然マシだ・・・と自分を納得させる。

2時間ほど電車に揺られただろうか、八王子駅に着いた。
急に車内が混み始め、空いていた私の隣の席に男性が座った。
横目でチラッと見ると、どうもアキバ系っぽい。
しばらくするとそのアキバ君は独り言を言い始めた。
何を言っているのかハッキリ分からないが、自問自答している風。
キモイ、キモすぎる・・・。

指定席の隣は柿おっさん。
自由席の隣はアキバくん。

電車運ないぜ、トホホ。


その後、東京に到着し、ヘアメイクを終えて時間どおり結婚式会場に入った。
さぁて!新郎新婦の晴れ姿を激写してやろうじゃないの!とデジカメの電源を入れたが、なんかおかしい。
日付がクリアされている。
あれ??
とりあえず日付を設定し直して、新郎入場でシャッターを切る。。
すると、デジカメのバッテリーが残り少ないことを示すランプが点いた。


おーーーーいっ!!!

昨日さんざん充電したじゃないかっ!!!!



新婦入場で1枚撮影した後、容赦なくバッテリーは切れてしまった。
2枚ぽっちかよ・・・。
仕方ないので携帯のカメラで撮ることにした。
全く、トホホだ。

披露宴自体は前回の記事で書いたとおり、とても楽しいひとときを過ごすことができたのだが、やはりデジカメがないのは痛かった・・・。


披露宴終了後は新宿へ急いだ。
帰りのあずさの時間まで少し余裕があったので、予め東京在住の友人Hさんとクリスピー・クリーム・ドーナツでお茶をする約束をしていたのだ。

Hさんは私が新潟のソフトウェア開発会社に勤務していたときの同期だ。
彼女は今、東京でソフトウェア開発とは違う仕事をがんばっている。

再会したHさんは開口一番、「帰りは電車で帰るの?大丈夫?」と聞いてきた。
何が大丈夫なんだろう?と思っていると、どうやら中央線が人身事故で不通になっているとのこと。
つまり、あずさが動かないのだ。



うええええーーーーーー????



駅員に尋ねても、復旧の目処は立っていないとのこと。

ぐがーーーーーーん・・・

どうしよう、どうしよう、高速バスのチケット取れるかなぁ?それとも遠回りだけど長野新幹線で帰るか・・・。

そんなことを考えながらも、とりあえずクリスピー・クリーム・ドーナツに向かう。
すると、店舗から長い、長い、長ーーーーーーい列が・・・。
これ絶対1時間以上待つよね・・・。
本当に残念だけど諦めることにした。


くるりと踵を返し、再び新宿駅に戻る。
やはりあずさの復旧の目処は立たず・・・
仕方ないので西口に回り、高速バスセンターへ。

幸いにも20分後に出発するバスのチケットを購入することができた。
でも20分じゃお茶もできないよ。
しかも携帯のバッテリーが切れそう~!
披露宴でデジカメの代わりにカメラ使っていたせいだ~!

携帯がないと旦那と連絡が取れなくなってしまうので、急いで「さくらや」で乾電池式の充電器を買う。

そしてやっとのことで帰路へ。

2年ぶりに会ったHさんには道案内をしてもらっただけで終わってしまったが、本当に助かった。Hさん、あなたがいなかったらアタシは間違いなく大東京で路頭に迷っていたことでしょう。本当に本当にありがとう。


そして明日私はまた早起きして山形に向かう。
今度は大学友人の結婚式なのだ。
もうドタバタは勘弁です。
何も起こらぬことを祈るのだ。

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アーバンウエディング その2

その1からの続き。

******************************

式が終わって、いよいよ披露宴だ。

実は今回の結婚式、地元友人で招待されたのは私だけだったので、ちょっと緊張していた。
受付を終え、席に案内されると同じテーブルにはすでにCちゃんの大学時代の友人が2人座っていた。

よろしくお願いしますぅ~

なんて愛想笑いを浮かべつつ、席につく。
席次表を見ながら、周りの人たちの名前をチェックする。
Cちゃんはよく大学の友人の話をしていたので、「はは~、この人が○ちゃんかぁ」、「△さんって誰だろう?結婚して苗字変わったから分かんねーなー」等々考えていた。

同様に、ご友人の皆さん方もCちゃんからよく私のことを聞かされていたようで、「あなたがタジーさんね!」とすぐ打ち解けてくれた。

予めCちゃんから「大学の友達には”タジーは面白い奴だからよろしく!”って言ってあるからさ」というようなことを聞かされていたので、挨拶代わりにギャグの一発でもかまさなければならないのだろうかと思ったが、不発に終わったら本当に困るのでやめた。

披露宴が始まるまでは同じテーブルの皆さん方と世間話をした。

長野からは新幹線で来たんですか?

と聞かれたので、

「あずさ2号に乗ってきたんですけどー、8時ちょうどは大月を通過していて、詩にならない特急でしたわー」という小ネタを挟みつつ答えようかと思ったが、出会ったばかりのご友人の皆さん方のギャグセンスがいかほどのものか分からなかったし、そもそもあずさ2号を知っているかどうかも不明だったので、

特急あずさに乗ってきました

とだけ言った。

すると、ご友人の1人が「ははは、懐かしいね~」と笑ったので、しまった、言っときゃ良かった、と少し後悔した。


そうこうしているうちに開宴。
乾杯のシャンパンが非常に美味しかった。
そしていよいよ料理。

・・・絶品!!!

甘~いメロンに生ハム巻かれているのもあるし、
フォアグラの茶わん蒸しみたいなのもあるし、
ステーキ肉柔らかいし、
・・・表現が幼稚で感動が伝わらないな(悲)。
でも、本当に美味かったのだ。
お世辞抜きに今まで出席した結婚式の中で一番美味かった。
周りの皆も「美味しい、美味しい」と言いながら食べていた。
やっぱり披露宴は料理をケチっちゃいけない。

皇居を見下ろす丸ビル最上階でワイン片手に絶品フレンチをいただけるなんて、普段は狭い台所で子供の残飯ばかり食っている私にとって至福のときだった。

宴も料理も進み、お色直し。
「暴れん坊将軍」のテーマに乗って2人が入場。
Cちゃんは色内掛、ギブソンは紋付き袴。
ギブソン、なかなか似合ってるじゃん。
Cちゃんの髪型は文金高島田じゃなくて今風のまとめ髪。とても可愛かった。

その後ギブソンがギターを弾きながらCちゃんのために作ったというオリジナルソングを熱唱。
もちろん歌詞は英語。
かろうじて「You are my sunshine」は聞き取れたけどその他は分かんねー。
でも、気持ちはちゃんと伝わったよ。

さらに宴は進み、腹もいっぱいになってきたころ、各テーブルから1人ずつスピーチをすることになった。
Cちゃんが誰を指名するか、目を合わせないようにしておこう・・・と思っていた矢先、

タジーさんで!

という声が聞こえた。

あおおっ、参るぜ、Cちゃん、あたしは本当にアドリブが利かない女なのよ

でも断るわけにはいかない。
司会者に呼び寄せられるまま前へ出る。

とりあえず通り一遍の祝辞を述べ、それから、えーと、えーと、何を話そう。
ひらめいたのはCちゃんがギブソンとの結婚を許してもらうまでの険しい道のりについてだった。
でも、Cちゃんのご家族の前でこんな話をしてもいいものなんだろうか・・・
一瞬迷ったが、口が勝手にしゃべり出してしまった。
もう止めるわけにもいかない。

Cちゃんがギブソンとのお付き合いを続けていくことで、尊敬する両親を心配させてしまうんじゃないかと悩んでいたこと、でもギブソン以上に自分を愛してくれる人は今後出てこないだろうと、ご両親の愛情とギブソンとの愛情の板挟みになって迷いに迷っていたこと、そして、Cちゃんが結婚を許してくれたご両親のためにも絶対に幸せになるんだと決意していること・・・

話している途中、真剣な表情をしているCちゃんのお母さんと目が合った。
ギブソンもまっすぐに私を見ていた。

よく考えもせず口が勝手に動いてしまったので、途中から訳が分からなくなってきたのだが、聞いていたCちゃんは泣いていたし、スピーチを終えて席に戻ったら周りの皆さん方が「いい話だったね~」と言ってくれたしで、結果オーライだったんだよね?ね?

そして、いよいよ宴も大詰め、新婦からご両親への手紙だ。
出だしからCちゃんは涙声。
手紙の内容にもしてやられた。
私も、テーブルの皆も涙。
特に私のツボにはまったのが、Cちゃんのお父さんが言ったという
「お前らを育てるのはおもしかった~(面白かった)」
という言葉。
新潟の閉鎖的な田舎で、先祖代々の田畑を大切に守り続けてきたあのご両親が、娘を外国人に嫁がせるということがどれだけ大きな決断であったか、察するに余りある。
それでも子育ては面白かったと言えるお父さんの度量の大きさ、子供に対する愛情の深さに本当に感動した。
子供にとってこれ以上嬉しい言葉はないのではないかと思う。

とにかく、やられた。
これでは化粧が崩れてしまうじゃないか・・・。


そんなこんなで笑いあり、涙ありの結婚披露宴はめでたくお開きとなった。
皆は二次会に行くとのことだったが、私はすぐに長野に帰らねばならない。
可愛いツインズのことが気にかかる。

最後のお見送りのとき、普通なら両家のご両親には「いいお式でしたねー、本日はおめでとうございました」とか言って挨拶するのだが、ギブソンのご両親にはなんて言えばいいんだ!!
ヤバイ、それくらいの英語フレーズは家で準備しておけばよかった。

ギブソンのご両親を前に口から出たのは、

今日はありがとうございました。
お幸せに。

だった。
両親に「お幸せに」ってぇ~!
それを聞いたCちゃんの大学友人は爆笑。

最後に笑いを取れて嬉し恥ずかしアーバンウェディングだった。


Cちゃん、ギブソン、本当にいい式だったよ!

末永くお幸せに!!!!

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アーバンウエディング その1

先週土曜日、高校時代からの友人Cちゃんの結婚式に出席するため、3年ぶりに上京した。

朝5時に起きて、特急あずさ2号に乗った。
あずさ2号といえば狩人の名曲ですよ。

♪8時ちょうどの~あずさ2号で~♪

のちのダイヤ改正であずさ2号は上り電車となり、8時ちょうどは山梨県大月あたりを通過する地味な特急になってしまったのだが。

閑話休題。

このたび晴れて結婚式をとり行うCちゃんとはかれこれ16年の付き合い。
旦那なんかよりもずっとずっと私のことをよく知っている。
その昔アリバイ工作する際にはよくCちゃんの名前を使ったもんだ。(若かったな~)

Cちゃんの旦那様は青い目・ブロンドのアメリカ青年。
名前は・・・えーと、実名を出すのははばかられるので、ギブソン君とでもしておく。
Cちゃんとギブソンは彼女がアメリカ留学中に出会い、恋におちた。
だが、留学には期限がある。
ぶっちゃけ彼女の帰国と同時に2人は別れるものだと思っていた。
ところが、彼女が留学を終え帰国して程なく、ギブソンは「君なしではいられない」と海を越えて日本にやってきたのだ!!

一方私とCちゃんの地元は閉鎖的な新潟の片田舎。
歩いていてもまず外人なんて見かけやしない。
そんなところで

「外国人の彼がいます」

と告白されたCちゃんのご両親が狼狽したのは想像に難くない。
一家で本当に本当に深刻に悩んだそうだ。
そして2年に及ぶモラトリアム期間を経て、晴れて結婚。
皆、覚悟を決めたとのこと。

あずさ2号の中でそんなことを思い返していたら、じわっと目頭が熱くなった。
泣くにはまだ早すぎる。

東京駅に着いて人の多さに圧倒されながらも、あらかじめ予約してあった駅近くの美容院へ急ぐ。
後藤真希似の若いスタイリストさんにメイクをしてもらう。
いつも子供の世話に追われてノーメイクの精彩を欠く顔に、色が重ねられていく。
こうやって手をかけて化粧をすると、にわかに自分がイイ女になったような気がして背筋も伸びてくる。
40分後、くたびれた専業主婦の面影は見事に消えていた。

披露宴会場は丸ビル最上階のレストラン。
日本一テナント賃料が高いといわれる、あの丸ビルだ。
そのレストランっていうんだから、さぞ美味しいに違いない。
たっぷり料理を味わってやろうと意気込んで乗り込んだ。

まずフロアのアトリウムで人前式での結婚式が行われた。
キリストでも、仏でも、八百万の神でもなく、披露宴列席者の前で夫婦になることを誓うのだ。
アトリウム一面の大きな窓からはフジテレビやレインボーブリッジが見える。
まさに東京、まさにアーバン。

まずは新郎、ギブソンの入場だ。
私の横に座ったCちゃんの大学時代の友人が小さな声で

ギブソン痩せた~

と言ったのが聞こえた。
言われてみると確かにそうかもしれないな、と思った。

その後、新婦Cちゃん入場。
横にはちょっと緊張気味のお父さん。

純白のウエディングドレスを着て笑顔がまぶしいCちゃんと、浅黒く日焼けしていかにも農家のいいおじちゃん風のお父さんがバージンロードで一礼するところを見たら、何だかもうたまらなくなってしまって、まともに二人の顔を見ることができなくなった。
だから泣くにはまだ早すぎるっつの。

顔を伏せている私の横で、やはりCちゃんの大学時代の友人が小さな声で

Cも間に合ったじゃん(ダイエット)

と言ったのが聞こえた。
ホント間に合ってよかったね、と思った。

式は日本語と英語が入り混じって進行され、ギブソンが英語を話せば「おー、やはりネイティブ」という空気が漂い、またギブソンがたどたどしくも日本語を話せば「おー、がんばってるじゃん」というほのぼのした空気が漂った。

ここはレストランフロアのアトリウムという場所柄、一般のお客さんがたくさん行き来する。
足を止めて式を眺めるお客さんも多く、

ほらほら!見てみて!
旦那さん外人さんだわ!
あっらー奥さんも綺麗で背が高くて素敵ね!

というオバちゃんの声が聞こえたりもした。

長くなってしまったので披露宴については「その2」で書きます。

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東京!

明日は友人の結婚式に出席するため、東京へ行くぞーーーー!!!

ツインズはパパジジババに任せ、私一人で行くぞーーーー!!!

嬉しいぞーーーー!!!!

朝5時起きしなきゃなのに、目がさえて眠れないぞーーーー!!!!

いかんいかん、もう寝なきゃ・・・。



昨日の記事がニフティの「旬の話題ブログ」に紹介されたので、

アクセス数が激増!!

びびりました。

でもそんなにたくさんの人から読まれるなんて、ちょっと怖い・・・。

ちびちび、地味にやっていきます。

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今いちばん泣ける歌

今朝は朝も早よから大号泣。

めざましテレビで「今いちばん泣ける歌」として紹介されたのがこれ、

「旅立つ日」。

「象の背中」というアニメ(映画化もされたけど)の主題歌だそうだ。

それまでめざましテレビで「泣ける歌」として紹介されたものでひとっつも泣いたことがなかった私は、今日も期待しないまま何となく聴いていた。

が、

開始から1分もたたないうちに涙が止まらなくなってしまった。

象の父さんの元に神様がやってきて、そろそろ逝かなきゃいけませんよ、というようなことを告げられる。

父さんには抱えている仕事もあるし、愛する妻も、やんちゃ盛りの二人の子供もいる。
気がかりなことがたくさんある。

でも、逝かねばならない。

とても切なく、身近にいる人を大切にしようと思える内容です。

絶対オススメ!

■YouTube 「旅立つ日」
http://www.youtube.com/watch?v=dSx9Ybc-IDY&feature=related

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家あそび

2歳4か月のユウコウ。

家の中ではこんなことして遊んでます。



台所からすき焼き鍋を持ち出した弟・コウ。

200711091040000

車を入れて回す回す!!



一方、



兄のユウは、

200711111013000

DSのきかんしゃトーマスのぬりえに夢中。

ゴードンの顔、真紫になってるけど・・・(笑)



でもこんな遊びも10分もすれば飽きちゃって、すぐにおんも、おんもと絶叫して催促するのだ。


これから長野は厳しく長い冬を迎える。

家の中でどーやって時間を潰そうか頭を悩ませる母であった。

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妊娠7ヶ月 出産準備

今年中に書き終えたい、双子の妊娠回顧録。(間に合うのかっ?)

それまでの回顧録は左のカテゴリ「双子妊娠回顧録」をご覧くださいませ。

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2005年5月。妊娠7か月に入った。

ますます腹がデカくなった。


いつ産まれるの?

8月下旬が予定日です

え?それにしてはお腹大きいよね??

はい、2人入ってるんで(苦笑)


という会話をどれだけしただろう。


出産後もビキニを着るのだ!と妊娠4か月頃からずっと妊娠線防止クリームをぬりたくったのだが、クリームの効果よりも私の腹がデカくなるスピードの方が早かったようで、残念ながら腹にはどんどん稲妻が刻まれていった。
そして出産から2年経った今でも消えることはない・・・。

この頃はとにかく子供を迎える準備に明け暮れていた。
子供の肌着などの細々したものから、大物まで、とにかく買い物しまくった。
一気にお金が吹っ飛んだ。

中でも大物中の大物は、

車。

そして、

家。

車はほぼ衝動買いに近かった。

ちょうど当時旦那が乗っていた三菱レグナム(ヤン車仕様)の買い替えを検討していたときで、たまたまドライブ中にホンダの販売店の前を通ったら、やたら安い価格のステップワゴンが目に入ったのだ。
新車なのに通常の50万円引きくらいだったと思う。
そのまま販売店に寄って話を聞くと、もうすぐフルモデルチェンジで新型ステップワゴンが発売になるので、旧モデル在庫を処分したくて激安価格になっているとのこと。

もう家を買うことが決まっていたので、車は安いに越したことはない。
速攻で見積もりを出してもらったら、予算の200万円以内に収まった。

・・・買います!

新型ステップワゴンは両側スライドドア。
我々が買った旧型は片側スライドドアだけど、子供が活発に動く今になって分かった、とりあえず片側のドアだけ注意すればいいっていうのは本当に安心だ。
そして何よりワンボックスカーはファミリーに優しい。
子連れでドライブ中に車内でおむつ替えができるっていうのは本当に有難い。
あの広い車内を経験してしまったら、もう他のタイプの車には乗れない。

その激安ステップワゴンが納車された数日後、私は出産のために実家に里帰りした。
妊娠7か月終わりのことだった。
普通なら妊娠9ヶ月とか臨月に入ってから里帰りするのだろうが、そこは多胎妊娠。何が起こるか分からない。早め早めに行動しておかないと。

旦那様とはしばらく遠距離生活になる。
結婚前も4年間遠距離恋愛だったし、結婚後も旦那様は海外出張で年の4分の1ほど家を空けていたし、離れるのには慣れている。全く寂しくなんてない。


実家に着いて速攻、


帰ってきたよ!短時間なら外出できるからご飯食べに行こうよ!


地元友人にメールを打つことに精を出していた私だった。

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葉っぱの涙

昨日、お昼寝を終えたユウコウを車に乗せ、買い物に行く道中のこと。

並木道を通ったときに強い風が吹いて、木の葉がパラパラと舞い落ちてきた。

すると、コウが


葉っぱさん、泣いてるよー。

えーん、えーん、って泣いてるよー。


と言った。


とても温かい気持ちになった。

それと共に、最近何かとコウを怒りすぎた自分を反省した。


きっとそんなに怒らなくても大丈夫なんだ。

彼らなりに情緒が発達し、いろいろ考えているんだ。

もっと彼らを信じて、包んでやろうと思った。


親になって2年ちょっと、大事なことはいつも子供が教えてくれる。

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不妊治療したの?

かつて、二卵性の双子は珍しかった。

日本人の場合、自然妊娠での双子は一卵性の方が多いとのこと。
(うろ覚えの知識ですので間違ってたらスンマセン)

だが、近年不妊治療の進歩によって、二卵性双子が急激に増加しているそうだ。
確かに、私が今参加している双子サークルも二卵性双子の方が多い。

私自身が不妊治療で双子をもうけたためか、二卵性双子を見ると、
「このママさんも不妊治療したのかな~」と心の中で思ったりする。
だが、決して口には出さない。
それが暗黙のルールになっている。
だから私も双子サークルで一度も「不妊治療したの?」と訊かれたことはないし、訊いたこともない。
ひとりひとり、いろんな背景がある。
私には分からないけれど、もしかしたら辛い想いをしてきたかもしれない。
ただ、それを推し量るだけだ。

だが、普通の育児サークルや児童館などに遊びに行った時は、もちろん双子は少数派。
いろんな質問を受けることになる。


妊娠中大変だったでしょう?

帝王切開だったの?

おっぱいはどうやってあげてたの?

2人一緒に寝てくれる?

等々・・・。

これくらい答えるのは全然OKだ。
私の体験談に「へぇぇ~」の声があがる。

だが、

不妊治療したの?

とか、

自然?

とか、直球を投げてくる人もいる。

そういうとき、私はちょっとイラッとする。
親しい友人ならともかく、今日出会ったばかりの名前も知らない貴方様に、なぜそんなこと言わなきゃいけないのだ、と。

もちろん、相手に悪気はない。
興味本位なだけだ。

その手の質問にはずっと、

体外受精みたいな高額治療はしなかったけど、もともと生理不順だったから生理を整えるために漢方薬飲んだりとかの治療はしてたよ。

と、答えている。

確かに私は人工授精はしたけど体外受精はしてないし、漢方薬だって飲んでいたから、嘘はついていない。

正直に人工授精したといえば、そのやり方も訊かれるのだろう。
本気で不妊に困っている人から質問されるならまだしも、フツーに妊娠した人にそんなことを話したところでどうなる?
好奇の目で見られるだけだ。


ユウコウが小学生くらいになったら、きっと同級生からいろいろ言われることもあるだろう。


お前ら双子なのに全然似てねーな

とか、

薬使って双子になったんだろ

とか。


子供は正直で残酷だ。

そのとき、ユウコウが不安な思いをしないように、堂々としていられるように、物心つくようになったらちゃんと説明してあげようと思う。

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